獄と市

若い頃に読んだ

司馬遼太郎さんの「項羽と劉邦

 

その中で

曹参が「獄と市」について述べている。

 

獄とは牢屋 いわゆる刑罰

市とは市場 経済に該当する。

 

獄と市は善悪兼ね備えているので

あまり厳しく取り締まって

人々の逃げ場を奪うようなことをしてはならない。

 

そういう意味合いのことを

曹参が言ったという。

 

なるほどとその時は感心した。

 

曹参の生きた時代は

秦という大国の圧政から

ようやく解放されたのであり

新しく政治を行う側が

再び民たちを抑えれば

それまでの努力も水泡に帰すことは

当然分かっていただろう。

 

だから

曹参は「獄と市は大度を以って容れる」

と言ったのである。

 

翻って現代はどうだろう。

 

先人たちが艱難辛苦して

やっと手にした自由によって

身分や誕生地に囚われることなく

生きることができる。

 

自由に生きることは

好き勝手にできることではない。

 

背後には責任も追従している。

 

大半の人はそんなこと

分かっているのだが

法律の隙間をかいくぐって

違法なことをする輩も多い。

 

大昔の未成熟な社会構造においては

獄と市だけに重きを置いていれば

良かったかもしれない。

 

今は教育現場や介護環境

果ては家庭までもが荒んでいる。

 

人間の良心を失っている人が

増えているということなのだろうか。

 

それとも

罪を犯すことに対して

自分自身に待ったをかけられないのだろうか。

 

法治国家でありながら

弱者が救えない。

 

日本だけではない。

世界中がほぼ同じような状況にある。

 

何千年経っても

人間の社会というのは

進歩と後退を繰り返し

凡そ理想からは

ほど遠い姿で存在するのだろうか。